黒木八のほったらかし

すきなことを、中途半端に。 わかりやすいことを、わかりにくく。 日本語のゆがみを、ほったらかしに。

カテゴリ: 唄とか言葉とか

「言葉は、鼓動」いい言葉だ。さいきん、 言葉というものに たいして、 こころが 込もっていないと かんじることもあり、 こんな本を読んだところでした。 ...

そういえば、私の大学時代の友人に、テレビをつけるときに、リモコンをぼくに向けてテレビの電源をつけようとする人がいたのを、ふと、思い出しました。テレビがつくと本来うれしいものですが、どうも、こういう場合は、なんだか自分もリモコンの一部になった気がしてうれし ...

ありがとう と しあわせです この奇跡の合体ことばは、 いつから聞かなくなったのかな。 むしろ、今だと 茶化すようであったり 歴史ドラマだと多発してるけど。 ほんとうは 相手に精一杯伝えるために すごく丁寧にしぼりだした ことばなんじゃないか。 ...

昨日の朝、お空をみたら、うろこ雲がキレイだったのです。というのを、思い出しました。スカイツリーに向かってうぉーって連なっているうろこを見ていると、なんだか、龍にしか見えませんでした。龍は、架空の動物でしょうが、おそらく、お空をみて創造されたのではと思わず ...

「教育勅語」の現代語訳を読んでなんか、言葉遣いに不思議な居心地を感じてしまった。十二の「たいせつなこと」1、親に感謝する「お父さん・お母さん、ありがとう」2、兄弟仲良くする「一緒にしっかりやろうよ」3、 夫婦で協力する「二人で助けあっていこう」4、友達を ...

譜面に残されることなく、ベンガル地方にて、口頭伝承で、数百年もの間歌い継がれている、ラロン・フォキルのバウルの歌。実に千曲以上。昨日は、これを読んで、興奮気味でした。バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌=バウルの歌には表面的な意味と、もう一つの意味が ...

この前、 やなけんさんと、ふるがいちさんが、ディズニーリゾートオフィシャルホテルサンルートプラザ東京で、 唄ってました。 ま、通り過ぎたら唄ってたというわけではないですが。 音を届けるということは、 届ける側が、すべての環境に責任をもつということだと改めて気 ...

植え込みの中から、セミの声が響いてくる。真夜中に。自分の背丈より高いところから、本来聞こえてくるべきものが、違うところから聞こえるだけで、なんとなく切なくなるのは、私だけでしょうか。セミの知らせとやらは、いつになったら、私に届くのでしょうか。届かないなら ...

やさしさに応えてくれない人は時として 生まれたての仔牛これ、柳田さんが唄う、「ブラック珈琲」の歌詞冒頭です。今回は歌詞の解説は置いておいて、この生まれたての「仔牛」の毛並みは、真っ白なのか、黒のまだらがあるのか、むしろ、真っ黒なのか、なぜか茶色なのか。。。 ...

この前、地下鉄改札近くの、声が響く場所で、小さい子が、「えい、えい」って連呼していました。姿が見えない位置でしたが、声だけが響いて続くものですから、おそらく、武道的なものか、アルファベットの「A」を覚えたてなのか、わかりません。でも、姿が見えないなりに、そ ...

おはようございます。一般的にはどうだか知らずもちろん個人的な意見ですが、なぜ作詞をやろうと思うのか?と質問されることがたまにある。という感じで、柳田さんと同じテーマ風に書いてみるシリーズ。まずは、柳田さんのブログから。こちら。よほどブログのネタに困ったか ...

高校生の頃は、隣の人がおなかが痛いというと、数時間後に、ぼくも痛くなることがよくあった。あれは、ぼくの中で、はやりの症状だったのではと決めている。話は変わるが、この前。教科書に出てる地域の社会問題に、高校生がその地を訪れて発していた言葉に、「過去のものだ ...

富士山が、世界遺産になって久しい。だけども、登りに行く気にならない。そこで、この前、巖谷 小波(いわや さざなみ) さんという児童文学者が書いた、歌詞をふと思い出してみた。=あたまを雲の 上に出し四方の山を 見おろしてかみなりさまを 下に聞く富士は 日本一の ...

この前、朝起きたら、パンツが、破れておりました。衝撃的な朝です。自分で破いたのか、それとも、はるか昔に破れていたのか。それとも、破かれたものなのか。こういうときは、「おにのパンツ」を唄って忘れるようにしています。=おにのパンツは いいパンツつよいぞ つよい ...

土曜日に、柳田さんが2ステージするよ、ゲストが2人出るよ、とのことで、ライブを見に目黒の街まで、出かけました。柳田さんが敬愛するだけあって、ぷよふぃ〜さん、WATER//COLORさんを、ぼく自身は、ざわついて見ていました。ぷよふぃ〜さん自作の「まっている」っていう ...

スタコラ サッササノサとはなんだ。説明を求められると、答えられない自分がいました。それは、もちろん、「森のくまさん」なわけですが。ウントコショ、ドッコイショとはなんだ。それは、「大きなかぶ」 のそれでもかぶは抜けません。というものであって。どっちも、もとも ...

相手の言い分を認めざるを得ないとき、「ああ、そうだよ」って、発してしまいます。なんとかして、この言い方を、もっと丁寧にというか、もっと相手に悟られずに、言えるようになりたいと思っています。そしたら、昨日の夜に北原さんの詞に、「この道」というのがあるのをよ ...

気の利いた嘘もつくことなく、エイプリルフールが過ぎてしまった。あ。ふと思い出したが、宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」 は、小学生の教員に、強制的に暗記させられたものだ。そのころは、「九九の掛け算」を覚えるテスト、と同じように繰り返していたので、体で覚えてしま ...

昨日、柳田さんが唄うというので、ライブに出かけた。ま、今日はそれはそれでおいといて、もうひとつ。Philiaさんに、「サリー」を唄っていただいた。ぼくらの歌を、女性が唄うのは、いつぶりだろう?しかも、調子にのって、要望を言ってしまった。完全に不覚である。でも、 ...

先日、「古武術の発見」という本の中で、ほほう、と思うことがあった。ちょっと、ざっくりと抜粋しながらであるが、「技があるていどできるかどうかは、一人稽古を義務感なくできるかどうかというのがひとつのポイントになります。一人稽古というのは、だんだん自分が乗って ...

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